病院物語※ウルトラ妄想です。
武藤徹が研修医として働く病院に、1人の少年がいた。
いつも屋上で1人南を見つめるその少年は、主治医である尾崎によると現在の医学では延命を施すしか手がない、いわゆる不治の病だという。
友人の1人も作らず、虚ろな目で夕日を見つめる少年に徹は心を打たれて話しかける。
少年の名前は夏野といい、苗字は小出だか結城だか分からない、と薄く笑って言った。
なかなか心を開かなかった夏野だが、毎日根気よく話しかけるうち、夕方に屋上で会うことが2人の日課になっていた。
どうせもうすぐ死ぬなら、毎日の夕日をこの目に刻んでおこうと思って屋上に来ていると言う夏野に徹は自分の夢を聞かせる。
立派な医者になって、病気で苦しんでいる人たちに希望を持たせたい。
だから、お前の病気もおれがきっと治してやる。
だから待ってろ。
真剣な目で誓う徹に、夏野は期待しないで待ってるよ、と笑った。
徹と距離を縮めるうちに生きることに少し希望を持つようになった夏野は、自分と同じ病気の少女と出会う。
少女は名を沙子と言った。
生まれつきこの病気と闘っている彼女は、とうに両親からも見放され、辰巳という使用人に世話をされながら生活をしていた。
病状が悪化している彼女は足の骨も弱り、歩くこともできなくなっていた。
自分は生まれたときからこの病気にかかっているけど、今はもう13歳だ。これからどれだけ生きられるかは分からないけれどあなたも少なくとも13年は生きられる、まだ長い未来が待っている、と勇気づけられる夏野。
それから、夏野はよく笑うようになった。
生きている間にできることを探すようになり、徹に語った。
「徹ちゃん、おれ、将来やりたいことがあるんだ」
「へえ?……何がしたいんだ?」
「……秘密。将来の、お楽しみだよ
おれが大人になるの、楽しみにしてな」
そう言って、夏野はちょっと笑った。
そうして、夏野は徐々に体力を取り戻していった。
そんな中、徹は実習を終え、夏野と会う時間は減ったが、授業が終わると真っ先に病院に見舞いに行く。
そんな毎日が続いていた。
だが、ある夜、看護士の律子が夏野の病室を訪れると、布団を掻き毟って暴れたような跡があり、夏野の姿が消えていた。
「夏野くんがいません!」
病院が夏野捜索に奔走している頃沙子は命の灯火が消えようとしている自分に気付いていた。
だが、彼女は自分に死期が訪れても家族に会いたいとは思わなかったし、医者や看護士に看取られたいとも思っていなかった。
彼女は辰巳の手を握り、言う。
「……星が見たいわ」
辰巳は沙子を抱き上げ、屋上に向かう。空は満天の星。
辰巳の腕の中で星を見上げ沙子は笑った。
「……ありがとう」
それきり何も言わなくなった沙子に、辰巳は話しかける。
「沙子さん、眠ったのですか?」
その後、彼らを見た者は誰もいなかった。
夏野が消えたと聞いて病院に駆けつけた徹。
徹と会うようになって、庭や屋上に出て話すことが多かったため、免疫力が低下している夏野の身体は徐々に蝕まれていたのだという。
おれのせいだ、と病院内を必死に探し回る徹。
そして、廊下で倒れる夏野を見つけ、抱き起こした。
虚ろな目で息を荒くしている夏野は呼びかけても徹を見なかった。
「徹ちゃん?徹ちゃん、どこにいるんだ?おれ、目が見えない。徹ちゃんが見えない!未来が見えないよ!」
夏野を抱きしめ、叫ぶ徹。
「助けてください!助けてください!」
叫びながら徹は、自分の不甲斐なさに涙を流した。
集中治療室に運ばれた夏野。危篤状態で、生きられて1週間だと言う。
病気の人たちに希望を与えたいと言った自分が、夏野の病気の進行を早めていた。そのことに深く落ち込む徹。
夏野の側にいさせてくれと申し出た徹は、夏野が目を覚ますまで1度も側を離れずに集中治療室に詰めていた。
やがて奇跡的に目を覚ました夏野は、南に行きたい、と言う。
深夜、徹は夏野を背負って病院を抜け出した。
背中に感じる夏野の身体はやせ細っていて、とても軽かった。
そして、田舎の道は暗く、先に闇が待っているようにしか見えなかった。
そうしたのは自分。
夏野の前にあった未来を暗闇に塗り替えたのは自分。
「……ごめんな」
溢れる涙を止めることもできず、徹は泣きながら何度も誤った。
ごめん、ごめん、ごめん。
「いいよ……なんとなく、おれ、ここから出られないような気がしてたんだ」
でも、徹ちゃんは確かに、おれに希望を与えてくれた。
沈んで消えていく光しか見てなかったおれに、明るい光を見せてくれた。
だからもう、いいんだ。
それきり夏野は眠ってしまった。
2人が歩いてきた道の向こうから、救急車の音が近づいていた。
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